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東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)2335号 判決 1970年10月31日

債権者 梅田俊雄

債務者 新星タクシー株式会社

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

(一)  債権者

債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。債務者は債権者に対し昭和四一年八月二一日から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り金四六四七三円を仮に支払え。申請費用は債務者の負担とする。

(二)  債務者

本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。

二、債権者の主張

(一)  申請理由

1  被保全権利

(1) 債権者は昭和三九年九月一日一般乗用旅客自動車運送事業を営む債務者(以下会社ともいう)にタクシー運転者として雇傭され就労していたが、会社は昭和四一年八月二二日以降右雇傭関係を否定している。

(2) 債権者が会社から受ける給与にもとづき平均賃金を計算すればそれは少くとも月額四六四七三円に達し、右は毎月二〇日〆切二八日払の約定である。

2  保全の必要性

債権者は右賃金をもつて生活する者であり、会社の右態度によつて昭和四一年八月二一日以降分の賃金の支払を受けることができず、生活上困難を生じている。

3  結論

よつて債権者は会社に対し労働契約上の権利あることを仮に定め、かつ昭和四一年八月二一日から本案判決確定まで毎月二八日限り金四六四七三円の賃金仮払を求めて本申請に及ぶ。

(二)  抗弁事実に対する答弁

会社がその主張の日に解雇の意思表示をしたことは認める。

(三)  再抗弁

1  不当労働行為

右解雇の意思表示は債権者が労働組合に加入し組合活動をしたことの故になされたものである。以下これを詳述する。

(1) 債権者は昭和四〇年三月一四日東京自動車交通労働組合(以下東自交という)に加入した。

右組合は東京都内の自動車交通事業に従事する労働者を企業の枠をこえて個人加入方式で結集させ、労働者の労働条件の向上等を目的とし、かつ全国自動車交通労働組合連合会(以下全自交という)東京地方連合会(以下東京地連という)に加盟している。このような個人加入方式の組合は、使用者の労務対策のため企業別労働組合の結成が困難である場合、又かような組合が結成されていても企業内組合としてのもろさをもつている場合などに、その威力を発揮し、労働者の組織化、地位向上のため有力な武器なのである。債権者が東自交に加入したのは会社従業員がいかなる労働組合にも加入しておらず、賃金その他の労働条件が劣悪であつたことによる。

(2) 債権者は東自交加入後会社従業員に対し加入を呼びかけ昭和四〇年九月加入者が五名に達したので、この五名は東自交新宿中野支部新星分会(以下分会という)を構成することとし、分会員室岡喜一を分会長、債権者を分会書記長に選出した。

(3) (i) 分会は当初からその存在を会社に知られることを避け、会社の幹部及び従業員をもつて組織する新睦会を動かし、新睦会の名前で労働条件の向上等を目ざすことにした。新睦会は従業員の出番毎に「なまず会」と「だるま会」とに分れ、債権者をはじめ分会員の多くはなまず会に属していたので、分会の活動はまずなまず会の中で行なわれた。

(ii) 分会はなまず会の各会員に働きかけた結果、同会は昭和四〇年暮会社に対し「要望書」と題し、基本給を月一七〇〇〇円から二二〇〇〇円に増額すること、退職金制度を確立することを内容とする文書を提出した。

会社は従業員から文書による要求を受けたことがないので甚だ慌てたが、これに対する回答をしなかつた。

分会はさらになまず会会員に働きかけた結果、同会は昭和四一年三月会社あて、従業員に対し交通費として毎月九〇〇円迄支給することを改め交通費全額を支給すべき旨の要望書を提出するに至つた。

分会は会社回答促進のため回答要求署名を募つた。

(iii) このように分会の組合活動によりなまず会の名において労働者が団結し労働条件向上の要求をするに至つたのであるが、会社はこれを嫌悪し、昭和四一年六月一日分会長でありなまず会副会長であつた室岡に対し解雇の意思表示をした。

分会はこれに反対して分会を公然化したうえ、解雇撤回の署名をつのりかつなまず会会員に呼びかけて集会を開き、債権者が議長となつて、会社渉外課長山室又二を呼び出し解雇理由を追及した。このため会社は同月一七日右解雇の意思表示を撤回した。

(iv) 前記の会社回答要求への闘いのなかで債権者は室岡らとともに昭和四一年七月五日頃から会社において東自交のバツジをつけてその組合員であることを公然と示し、右会社回答要求署名者は同月にはいつて一〇〇名に達し、分会員数も三七名になつたので、こゝに分会及びこれのまわりに結集した従業員らは昭和四一年八月一七日と一八日の両日片番ずつ前記要望書に対する会社の回答を求める集会を開いた。この席には会社から山室課長外三名が出席したが、回答として出されたものは、従業員の賃金中基本給をわづかばかり引上げるが歩合給の率を低くすること、退職金制度については目下考慮中であること、交通費の増額は認めないことに尽きた。

(v) 従業員はこの回答に憤慨し、分会は会社回答が従業員の要望を無視し給与体系を改悪するものである旨のビラを配布し、債権者はその中心となつて活躍した。

(4) このように分会、なまず会及びだるま会の活動が強化されてきたので、会社はこれを恐れ、その中核となつている分会を一挙につぶすべく、その中心人物である債権者に対し不利益取扱いの機をうかがつていたところ、債権者がたまたま運転業務遂行中に他人等に衝突したのである。会社は従前債権者よりももつと多数の交通事故を起した従業員斉藤勲を解雇し、同苫米地秀明、奥田善夫、米谷俊夫を任意退職させ、昭和三九年中に即死事故を起した従業員鈴木広及び館野某に対して何らの不利益取扱いをしていないのであるが、会社は債権者に対してはこれにくらべて明らかに重い解雇の措置をとつた。しかも右斉藤、苫米地、奥田、米谷はいずれも東自交はもとより組合活動にはいかなる形でも参加していない者であるから、右差別待遇はまさに債権者の前示組合活動によるものというべく、本件解雇の意思表示は労働組合法七条一号、憲法二八条に違反して無効である。

(5) なお会社は債権者解雇後、東自交からその撤回を議題とする団体交渉の申入を受けながら正当事由なくしてこれを拒み、しかも東自交の申立により東京都地方労働委員会は昭和四二年二月一四日会社に対し右申入に応じるべき旨の救済命令を発し、さらに中央労働委員会は同年六月二一日会社の再審査申立を棄却し、ついで東京地方裁判所は昭和四四年二月二八日会社の右命令取消請求につき請求棄却の判決を言渡し、右訴訟は目下東京高等裁判所に係属中(同庁同年(行コ)第一〇号)であるが、会社はかような救済命令にも従わない。これをもつてしても分会を潰そうとする会社の決意がなみなみでないことを窺い知ることができる。

2  解雇権濫用

本件解雇の意思表示は右に主張したほか何らの理由なく行なわれたから権利の濫用に該当し無効である。

3  解雇理由に対する反駁

債権者が会社主張(三)2(1)(2)(3)(4)(i)(6)(i)記載の日時(但し同(6)(i)の事実は同日午後八時四五分頃)場所において同記載の車輛又は人物と衝突し車輛破損人身傷害の結果を発生させたことは認めるが事故の原因が債権者の過失にあること、破損及び傷害並びに金銭上の損害の程度は争う。即ち同(1)の事故の原因は前方車の急停車にあり、同(2)のそれは債権者が右折するに当つて右折信号をしたにもかゝわらず後方車がそれを無視したからであり、同(4)(i)のそれは高橋が横断禁止の場所であるにもかゝわらず急に安全地帯から債権者の自動車の直前に飛出し、債権者がこれを避ける暇がなかつたからであり、同(6)(i)のそれは磯部が債権者の進行方向にある横断歩道の手前一〇米位のところを急に左から車道にかけこんできたことと、前方の踏切を通過する対向車のライト及び降雨によつて磯部を認識できなかつたことによるからである。

同(三)2(4)(ii)の事実中債権者が会社によつて乗務を禁ぜられたこと、その主張の運転免許の効力停止処分を受けこれが期間短縮されたこと、その主張の罰金刑に処せられたことは認めその余の事実は争う。

同(三)2(5)の事実は争う。

同(三)2(6)(ii)の事実中、診断書を提出して欠勤したこと及び会社主張の運転免許の効力停止処分を受けこれが八月八日に会社に判明したことは認め、その余の事実は争う。債権者は七月二一日に磯部を見舞い、七月二二日から八月六日まで欠勤し、欠勤明けの八月八日右処分を受けたことを会社に報告した。

同(三)2(3)の事実は争う。

同(三)3の事実中解雇の意思表示のあつたことは認め、就業規則の存在は不知、その余の事実は争う。

同(三)4の事実は争う。

三、債務者の主張

(一)申請理由に対する答弁

債権者主張(一)1(1)は認め同(2)中「少くとも」とあるを争うがその余の事実は認める。同(一)23は争う。

(二)  抗弁

会社は昭和四一年八月二二日債権者に対し解雇の意思表示をしたから労働契約はこれによつて終了した。

(三)  再抗弁に対する答弁

1  答弁

債権者主張(三)1冒頭の事実は否認する。

同(三)1(1)の事実中会社従業員の労働条件が劣悪であることは争い、その余の事実は不知。

同(三)1(2)の事実は不知。

同(三)1(3)(i)の事実中なまず会とだるま会という親睦会が存在することは認めその余の事実は不知。

同(三)1(3)(ii)の事実は否認する。会社従業員中班長の職にある者をもつて組織する班長会が昭和四〇年一二月六日会社あて「班長会における決議案書」と題し給与及び退職金についての案を記載した文書を提出したので、会社は翌四一年初の班長会においてこれに対する態度を明らかにしたことはある。債権者の主張はこの事実を曲げたものである。

同(三)1(3)(iii)の事実中室岡を解雇し、のちにこれを撤回したことは認め、その余の事実は否認する。室岡が重大な経歴を詐称して会社に採用され、勤務成績不良であり、会社構内において無断でビラを配布するなどの規律をみだす行為をしたので、会社は一旦これを解雇したが、同人の反省改悔が顕著であるからその解雇を撤回したものである。なまず会の従業員から山室課長あて室岡の復職方の要望があり、その際復職嘆願者の氏名を連ねたメモが提出されたことはある。債権者の主張はこれらの事実を曲げたものである。

同(三)1(3)(iv)の事実中分会員数は不知その余の事実は否認する。会社は前記班長会の決議案書に副つて本給の引上と歩合率の改訂を実施することとし、昭和四一年八月一七日と一八日の両日片番ずつ従業員を集めて説明会を開いたことはある。債権者の主張はこの事実を曲げたものである。

同(三)1(3)(v)の事実は不知。

同(三)1(4)の事実中債権者及び苫米地、奥田、米谷が交通事故を起したこと、斉藤、苫米地、奥田、米谷が組合活動に参加していないことは認め、その余の事実は争う。会社はこれらの者及び斉藤などの事故多発者に対してはいずれも解雇任意退職等厳重な措置をとつており差別待遇をしてはいない。

同(三)1(5)の事実中東自交と称するものから会社に対し債権者の解雇撤回を議題とする団体交渉申入があり会社はこれを拒んだこと、東自交の申立によりその主張の日にその主張のような救済命令及び再審査申立棄却命令並びに請求棄却の判決が発せられ右訴訟は目下東京高等裁判所に係属中であることは認めるがその余の事実は否認する。

なお団体交渉申入は東京地連と称するところからもなされている。会社の拒否理由は、組合規約、役員氏名、会社従業員中組合に加入する者の氏名が明らかにされていないこと、解雇撤回要求は労働条件でなく団体交渉の対象事項ではないことに存するのであつて、組合を嫌悪したからではない。

同(三)2の事実は争う。

2  解雇理由となる事実

(1) 債権者は採用直後である昭和三九年九月三〇日、東京都新宿区歌舞伎町地先において、前方進行車(大和自動車株式会社の営業用乗用車)との車間距離不足のために、前方車急停止の際あやまつて前方車に追突し、双方の車輛を破損し、会社に損害(物的損害としては約九、〇〇〇円)を与えた。

(2) 債権者は同年一〇月一日東京都新宿区諏訪町一四七番地先において、進路変更にあたつて後側方の注意義務を怠り、後側方からの進行車(睦交通株式会社の営業用乗用車)の側面に衝突し、双方の車輛を破損し、会社に多大の損害(物的損害としては約四三、〇〇〇円)を与えた。

(3) 債権者は同年一一月一一日東京都中野区栄町二丁目地先交叉点において、前方注意義務を怠り、前方車輛(中野モータース株式会社の貨物自動車)に追突し、双方の車輛を破損し、会社に損害(物的損害としては約二、八〇〇円)を与えた。

(4) (i) 債権者は昭和四〇年三月三一日東京都中央区八重州一丁目三番地先呉服橋都電停留所の安全地帯内側軌道敷内を進行中、前方注意ないしは徐行義務を怠り、横断者高橋直啓(二三才)をはねとばし、同人に対して、全治約一年を要する頭部外傷第三型(頭蓋表骨折)・右側頭部及顔面挫創・右大腿骨(開放性)骨折及び右手挫創の重傷をおわせ、会社に対しても有形無形の甚大なる損害(裁判外の和解によつて会社は同人に対し損害額総額一、五一五、二八〇円を支払うこととなり、会社はうち、保険による補填以外に約三〇万円を負担させられた)を与えた。

(ii) 会社は債権者の精神的な動揺による運転勤務上の危険を考慮して右事故直後債権者を乗務せしめえなかつたが、さらに、債権者は右の人身事故に対して一五〇日間の運転免許の効力停止処分(以下免停という)をうけ(講習をうけることによつてその期間は一二〇日間に短縮せられた)、会社は右の事故発生以来昭和四〇年八月二八日まで四か月余債権者本来の運転業務につかせることができず、やむなく内勤という形式をもつて債権者に給料を支払つたが、このようにして会社の損害はきわめて大きいものであつた。

債権者は、右の事故によつて罰金五〇、〇〇〇円に処せられた。なお、会社は、この重大な人身事故につき債権者に対してとくに厳重な注意を与え、将来の猛省を期待した。

(5) 債権者は免停の期間の終了したあと、再びタクシーに乗務し、はじめのうちは一応の業績をあげていたが、昭和四〇年一一月以降、昭和四一年七月まで九か月間連続してひきつゞきその業績も悪かつた。

(6) (i) 債権者は昭和四一年七月一八日午後八時三〇分頃、東京都豊島区長崎五丁目一八番三号地先道路上を、大谷口方面より南長崎方面にむかつてタクシーを運転中、自らの不注意によつて折から横断中の通行者磯部光佑(四三才)をはねとばし、同人に対して安静加療約二か月を要する骨盤皮下骨折・頭部挫傷兼打撲兼脳震盪症・左肩部両手指挫創・右下腿挫創兼右膝関節内損傷という重傷を負わせた。会社及び債権者は昭和四三年七月二六日磯部と裁判外の和解をとげ、会社はこれにもとづき同人に自動車損害賠償責任保険(以下自賠責という)以外に四六万円を支払う等有形無形の損害をうけた。

(ii) 債権者は右の事故について、会社より前方注意義務や安全運転義務に違反した点を指摘して反省を求められても、自らの過失を認めようとせず、逆に、被害者にのみ過失があつたと称して、一片の反省をも示さず、あまつさえ、会社から会社の幹部とともに七月二二日に被害者を見舞いに行くように命ぜられみずからもこれを諒承しておきながら、いきなり無断で欠勤して見舞に行かず、重大な人身事故についての反省の態度を示さなかつた。債権者は七月二三日急性胃腸炎という診断書を提出して七月二八日まで欠勤したが、その間に会社へもしばしば顔を出し、欠勤を必要とするような状態のものとは考えられなかつた。さらに債権者は翌二九日再び無断欠勤したうえで翌三〇日にいたり右と同様の診断書を提出して八月七日まで欠勤をつゞけ、同月八日会社に対し、免停をうけたので内勤をすると称して、一方的に出勤扱いを要求するという態度であつた。会社は、債権者のこれまでのうち続く不注意による事故多発と、それに対する全く無反省な態度並に現に債権者に与えるべき業務のないこと等の事情を考慮して、債権者に内勤を命じないこととした。これ、会社が債権者を雇入れたのはタクシー運転者としてのみ就労させるためであつたからである。

債権者がほかにスピード違反を犯したために、七月二二日以降四五日間の免停をもうけていたことが、右のような経過により八月八日にいたつて判明した、債権者は元来これより長期の処分を受けたが講習をうけて期間短縮せられて四五日間となつたものである。債権者は右の人身事故についても、将来長期間の免停をうけることは当然予想された。

(7) このように、債権者は、タクシー運転者として雇傭されて以来、会社の再三の注意にもかゝわらず、その不注意による物件事故と重大な人身事故とを重ねて起し、その都度会社に有形無形の重大な損害を与えたのみでなく、その事故による免停等のために、長期間その本来の業務につくこともできず、その間タクシー運転者として雇傭された本来の意味を全く失い、とくに二回目の人身事故について、一片の反省すらない態度を示した。加うるに、債権者は平素の営業成績も連続して平均以下という実績であつた。このような債権者の技術、勤務態度及び勤務成績(事故の多発等をも含むこともちろんである)に鑑みれば、これ以上債権者をタクシー運転者として雇傭していくことは、とうてい会社のたええないところである。従つて債権者は会社の従業員つまりタクシー運転者として、まさに不適当である。

3  就業規則の適用

会社の就業規則三二条本文は「次の各号の一に該当するときは原則として解雇する」と定め、その四号は「技能が著しく劣り上達の見込がなく又勤務成績が著しく悪るく従業員として不適当と認めたとき」と定める。債権者はこの要件に該当するので、会社は、昭和四一年八月二二日債権者に対し解雇の意思表示をしたのである。

4  結論

本件解雇は右の解雇理由のみをもつて、なされたものであつて、会社の関知しない債権者の組合加入組合活動の故をもつてなされたものではない。従つて本件解雇は不当労働行為又は権利の濫用に該当しない。

四、疏明<省略>

理由

一、雇傭契約の成立と解雇の意思表示

債権者が昭和三九年九月一日一般乗用旅客自動車運送事業を営む会社にタクシー運転者として雇傭され就労していたところ、会社が昭和四一年八月二二日債権者に対し解雇の意思表示をしたことは争いがない。そして成立に争いのない乙第七号証及び債権者本人尋問の結果によると、会社は右意思表示と同時に債権者に対し労働基準法二〇条所定の解雇予告手当四六四七三円を提供したことが認められる。

二、解雇の意思表示の効力

(一)  不当労働行為

1  因果関係一般及び就業規則所定の解雇基準

(1) 債権者の主張によれば、債権者に対する解雇の意思表示は、債権者が東自交に加入し正当な組合活動を展開したことの故になされたものであるという。

そこで債権者が東自交に加入しその主張のような組合活動をしたか否か、またそれが正当性を具備するか否か、会社が債権者の右組合活動を了知していたか否かを判断することはさておき、まず債権者が東自交に加入し正当な組合活動をしたと仮定した場合、これと解雇の意思表示との間に因果関係が存在するか否かにつき検討すべきである。

この因果関係が存在するというためには、即ち労働組合法七条一号にいう「……の故をもつて」との要件を充足するためには、当該組合活動をしなかつたならば解雇されなかつたであろうと判定されるような事情が存することを要する。従つて組合活動をしてもしなくてもひとしく解雇されたであろうと認められるような事情が存在すれば、組合活動と解雇の意思表示との間には因果関係を欠くといわざるを得ない。そして右のような事情の有無を判定するに当つては、同様の事案があれば、使用者がこれに対して当時どのような措置をとつたかを比較し、そこに組合活動をした者とそうでない者との間に不公正な取扱い即ち差別待遇が存在するか否かを検討しなければならない。

(2) これを本件についてみる。

(i) 会社の主張によれば、「債権者は自動車運転者として就労中交通事故を屡々起し勤務成績不良であつて就業規則三二条四号にいう『技能が著しく劣り上達の見込がなく又勤務成績が著しく悪るく従業員として不適当と認めたとき』との解雇理由に該当するので解雇の意思表示に及んだ。」という。

(ii) そこで就業規則をみると、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし三、同号証の四の一、成立に争いのない乙第一号証の四の二によれば、会社が昭和三八年三月労働基準法九〇条の規定に従い労働者の過半数を代表する者の意見を聞いて作成し同年五月所轄労働基準監督署長に届出た就業規則三二条は、解雇基準として一二項目を列挙し、その四号として「技能が著しく劣り上達の見込がなく又勤務成績が著しく悪るく従業員として不適当と認めたとき」と規定することが認められる。

(iii) 右条項の趣旨を検討すると、就業規則三二条は一二項目の解雇基準を設定しており、前記乙第一号証の三によつて認めうる右各基準と右四号の基準とを比較すれば、右四号はその文言中著しくとか不適当とかいう裁量の幅の広い要件を設けているが、その目的は、技能又は勤務成績にかんがみ、雇傭契約上要求される程度の質及び量をもつて労働義務を遂行し、もつて企業目的達成に寄与することを、もはや将来において期待できないような労働者との雇傭契約を終了できるようにするにあると解せられる。

(iv) これを交通事故についていえば、労働者の起した交通事故が労働者の故意又は過失にもとづくこと、これが労働者の技能又は勤務成績の劣悪という評価に導かれること、その程度が解雇もやむを得ないとされる程であることを要する。従つて短期間に自己の責に帰すべき事故を多発させ、使用者に多大の損害を与えるような者は、この要件に該当するものである。

(v) ここに留意すべきは、会社が自動車という道路運行上必然的に他人に危険を及ぼすおそれのある用具を使用して自己の利益のために事業を営む者であることである。従つて会社は経営上交通事故の発生をある程度予見し、これを予じめ経費の内に見込み、責任保険によつて事故に伴う経営上の危険を分散できるのであるし、自賠責はまさにこの危険分散を会社に法的に義務づけたものである。自賠責以外の自動車保険による危険の分散は会社の法的義務ではなく、その程度は会社の裁量に任せられるとはいえ、なお経営上の要請たるを失わない。

そして交通事故によつて会社に生じた損害のうち責任保険による填補部分を除くすべてを労働者に帰せしめることを得ず、事情によりその一部分は使用者自ら負担すべきものと解するのが一般である。しかし、それだからといつて、労働者が勤務成績不良という解雇基準に該当するか否かの審査に当りその故意過失により生じた損害中、使用者に負担すべき部分を審査の対象外とすることはできない。

その理由は次のように考えられる。もし使用者の負担すべき範囲内にとどまるような損害を伴う軽微な交通事故一つをとりあげ勤務成績不良と判定して労働者を解雇すれば、この措置は或は苛酷に失するともいえよう。しかし故意過失によりこのような事故を反覆する者は、損害が右の範囲にとどまつていても、そうでない者に比し労働義務の履行に当り必要な注意を払うという資質において欠け、かつ乗客の安全輸送という企業目的に対する貢献度において劣り、結局その程度如何によつては勤務成績が不良であり従業員としての適格性を欠如するという評価を受けるに至るからである。

2  債権者の交通事故を含む勤務成績

前段で述べた見地に立ち、債権者の起した交通事故その他の勤務成績につき前示の要件が存在するか否かを検討し、併せて従業員中組合活動をしていない者であつて同様の事情にある者につき検討をとげたうえ、これに対する会社の態度をとりあげ、債権者の場合と比較してこの間に不公正な取扱い即ち差別待遇が存するか否かを判断する。(以下五件の交通事故の日時、場所、衝突、破損傷害の結果の発生は争いがない)。

(1) 昭和三九年九月三〇日の事故

上段印鑑押捺欄、損害見積欄、損傷又は損害箇所欄中合計部分欄、支払賠償金明細欄、判定欄に記載した部分については証人山室又二の第一回証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第二号証の一、成立に争いのない乙第二号証の二、同証言により真正に成立したと認める乙第八号証、同証人の第二回証言により真正に成立したと認める乙第一九号証の二の一、証人山室又二の第一回の証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和三九年九月三〇日午後一二時過頃東京都新宿区歌舞伎町地内において、会社所有自動車を業務上運転中、前方に進行する大和自動車株式会社の自動車を追尾したことが認められる。このような場合自動車運転者は前車との間に必要な距離をおくべき注意義務がある(道路交通法二六条一項)にもかかわらず右証拠によれば、債権者はこれを怠り必要な距離をおかなかつた過失により、前車が急停車した際、あわてて急停車の措置をとつたが間に合わず前車に追突し、よつて前車のバンバー等に修理費七〇五〇円を要する損傷、自車のボンネツト等に修理費三九〇〇円を要する損傷を与えたので、会社は前車の所有者大和自動車株式会社と交渉の末五〇〇〇円を損害賠償として支払い、結局債権者は会社に対し八九〇〇円相当の損害を与えたことが認められる。

(2) 昭和三九年一〇月二日の事故

証人山室又二の第一回証言により真正に成立したと認める乙第三号証の一、本文について同証言により真正に成立したと認められ、その余の部分につき成立に争いのない乙第三号証の二、前記乙第八号証、第一九号証の二の一、証人山室又二の第一回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和三九年一〇月二日午後一二時三〇分頃同都新宿区諏訪町一四七番地先において会社所有自動車を業務上運転中、乗客の指示により右折の準備をすべくまず道路中心線により接近するため進路を変更する必要に迫られたことが認められる。このような場合右後方から進行してくる車が優先するから自動車運転者は進路変更に当り右後方の安全を確認する注意義務がある(道路交通法二六条二項―同年九月一日から施行)にもかかわらず、右各証拠によれば、債権者はこれを怠り安全を確認しないで右に大きくハンドルを切つた過失により、折柄右後方から進行して来た睦交通所有自動車に接触し、よつて同車の左側ドア等に修理費三六五六〇円を要する損傷、自車のフロントバンバー等に修理費六六〇〇円を要する損傷を与えたので、会社は睦交通と交渉の末、睦交通の被害車に対し塗装を除くその他の修理三一〇六〇円相当を自ら行ない、これと自車の修理とをあわせて結局債権者は会社に対し三七六六〇円相当の損害を与えたことが認められる。事故の態様に関する債権者本人尋問の結果及び損害に関する証人山室又二の右証言は採用しない。

(3) 昭和三九年一一月一一日の事故

上段印鑑押捺欄、損害見積欄、調査者意見欄、交渉経過処理状況欄、判定欄に記載した部分については証人山室又二の第一回の証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第四号証、前記乙第八号証、乙第一九号証の二の一、証人山室又二の第一回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和三九年一一月一一日午前九時頃同都中野区栄町二丁目地先において会社所有自動車を業務上運転中、貨物自動車に追尾して同所の交差点に進入したことが認められる。このような場合自動車運転者は前方を注視し前車との間に必要な距離をおくべき注意義務がある(道路交通法二六条一項七〇条)にもかかわらず、右各証拠によれば、債権者はこれを怠り前方を注視せず必要な距離をおかないで進行した過失により、前車が徐行して右折を開始した際これに追突し、よつて自車のフラツシヤーフインダーに修理費二七五〇円を要する損傷を与えたことが認められる。

なお前記乙第八号証、債権者本人尋問の結果によれば、債権者は昭和四〇年二月二一日付で本採用されたことが認められる。

(4) 昭和四〇年三月三一日の事故

欄外署名、上段印鑑押捺欄、損害個所欄、強制保険会社名欄、調査者意見欄、審議会検印欄に記載した部分については証人山室又二の第一回証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第五号証の一、同証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の二、三、前記乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九号証、同証人の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一九号証の二の二、証人山室又二の第一回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和四〇年三月三一日午後二時二〇分頃同都中央区八重洲一丁目三番地先において人の立つていた都電呉服橋停留所安全地帯の右側軌道敷内を大手町から日本橋方向に向け時速約三五粁で会社所有自動車を業務上運転したこと、右場所は歩行者横断禁止となつていたことが認められる。このような場合でも人の立つている安全地帯の傍を通過する以上、自動車運転者は徐行しかつ前方を注視すべき注意義務がある(道路交通法七〇条)にもかかわらず、右各証拠によれば、債権者はこれを怠り前方を注視せず右速力を保持したまま右軌道敷内を進行した過失により、折柄安全地帯から自車前方に飛出した高橋直啓(二一才)を即時発見したり衝突回避のため急停車したりすることができず、そのまま、同人に衝突し、よつて同人に対し入院治療五〇日、全治一か年を要する頭部外傷第三型(頭蓋表骨折)、右側頭部及び顔面挫創、右大腿骨(開放性)骨折、右手挫傷を負わせたこと、会社は高橋にも過失があると判断はしたが、同人と交渉の末、昭和四一年三月一日迄に同人に対し入院治療費検査料その他の雑費として一〇九四六三〇円、通院治療のための交通費として一〇六五〇円、休業費及び慰藉料として四一万円を支払い、かつ、昭和四〇年一一月一七日以降の治療費を含むその余の損害賠償債務につき免除を得たこと、右のうち一二一一四六〇円は会社の加入する自賠責及び自動車保険から保険金をもつてまかなつたので、結局会社があらたに支出した金額は三〇万余円であるが、会社はこのほか交通費、連絡費、見舞品費用等の支出を余儀なくされたこと、債権者はこの事故を理由として一五〇日間の運転免許効力停止処分(免停)を受けたが後に講習を受けたことによりこれが一二〇日間に短縮され、結局同年八月二八日まで一二〇日間右処分によりタクシー運転者として就労することができず、内勤と称して右以外のいわゆる雑用に従事するのやむなきに至つたこと及び罰金五万円の刑事処分を受けたことを認めるに足りる。

(5) 昭和四一年七月一八日の事故

債権者本人尋問の結果により債権者が昭和四四年一一月一三日同都豊島区長崎五丁目一八番地三地先附近を撮影した写真と認められる甲第二一号証の一ないし七、右尋問の結果により真正に成立したと認める甲第二二号証、上段印鑑押捺欄、損害見積金額欄、損害程度及損害箇所欄、審議会検印欄に記載した部分及び欄外の三回不支給との記載、発生状況報告欄中「当時の速度約四〇粁……避けられたと思う」との部分については証人山室又二の第一回証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第六号証の一、上段印鑑押捺欄、工場見積欄に記載した部分については同証言により真正に成立したと認められ、その余の部分については成立に争いのない乙第六号証の二、同証言により真正に成立したと認められる乙第六号証の三、成立に争いのない乙第六号証の四、前記乙第八号証、第九号証、乙第一九号証の二の二、同証人の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一九号証の三、証人山室又二の第一、第二回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和四一年七月一八日午後八時三五分頃同都豊島区長崎五丁目一八番地三地先において会社所有自動車を業務上運転し、大谷口から南長崎方向に向つたところ、当時は雨天であつて対向車のライトがまぶしく見通しが悪かつたことが認められる。このような場合自動車運転者は徐行しかつ前方を注視すべき注意義務がある(道路交通法七〇条)にもかかわらず、右各証拠によれば、債権者はこれを怠り時速約四〇粁で前方をよく注視することなく進行した過失により、折柄横断歩道手前約二米の地点で左から右に急に債権者の進路を横断しようとした光祐こと磯部重一(四三才)を即時には発見できず、おくれて発見すると同時にブレーキを踏んだが雨天のためすべつて間に合わず、同人に衝突し、よつて同人に対し入院治療六六日、通院治療八六日、合計全治約五カ月を要する骨盤骨皮下骨折、頭部挫傷兼打撲兼脳震盪症、左肩部両手指挫創、右下腿挫創兼右膝関節内損傷を負わせ、会社所有車の前部に修理費一万円を要する損傷を与えたこと、会社は同人にも過失があると判断はしたが同人と交渉の末その要求額よりも下廻つて昭和四三年七月二六日までに治療費及び自賠責所定の休業補償として五〇万円のほか、さらに休業補償並びに慰藉料として四六万円を支払い、その余の損害賠償債務がないことにつき磯部から確認を得たこと、右のうち五〇万円は会社の加入する自賠責から保険金をもつてまかなつたので、結局会社があらたに支出した金額は四六万円となつたが、会社はこのほか交通費連絡費等の雑費並びに前記自動車修理代等の支出を余儀なくされたことが認められる。なお債権者がこの事故で刑事処分および免停を受けた旨の疎明はない。

(6) 制限速度違反

前記乙第八号証、証人山室又二の第二回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、債権者は昭和四一年七月二一日制限速度違反により同日から六〇日間の免停を受け、これは講習により四五日に短縮され、会社はこの事実を同年八月七日に知つたことが認められる(免停期間以外は争いがない)。

(7) その他の勤務成績

右認定によれば(特に本段(4)及び(6)参照)、債権者は昭和三九年九月一日会社に採用されてから昭和四一年八月二二日解雇の意思表示を受けるまで約二か年の会社在勤中二回にわたる免停により合計約五カ月間タクシー運転者として就労できなかつたものである。

証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一八号証、第一九号証の各一、第一九号証の二の三、証人山室又二の第一、第二回証言、債権者本人尋問の結果によれば、債権者の毎月の一乗務当り平均走行粁及び営業収入は会社従業員の毎月の一乗務当りのそれに比し、走行粁において常に多かつたこと、営業収入において昭和三九年九月から昭和四〇年四月までは多額の月が多く、同年五月から同年八月までは右免停中の期間であるから比較できず、同年九月一〇月は多く、同年一一月から昭和四一年七月までは連続して少なかつたことが認められる。

(8) 会社の労務管理と交通事故の発生

前記乙第一八号証の一、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一八号証の二及び証人山室又二の第二回証言をあわせれば、会社所属営業自動車の昭和四一年四月ないし八月の一日一車あたり毎月平均走行粁は三二〇粁ないし三三九粁であつて従前と変らないが、城西地区タクシー会社約三〇社の右期間中の一日一車当り毎月平均走行粁に比していずれも二粁ないし二五粁少いと認められるから会社所属自動車運転者の走行粁が他社のそれより過大であるとはいえない。

ところで債権者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二三号証第二四号証、債権者本人尋問の結果をあわせれば、東京陸運局が昭和四四年二月に実施した実態調査によると一日一車当り走行粁は平均三〇四、九粁、全国自動車交通労働組合連合会らが主催して昭和四四年一月実施したタクシー実態合同調査によれば、安全運転を旨とするタクシーの東京都内における一日一車当り平均走行粁は三〇三粁、その他の運転をするタクシーのそれは三七二粁であることが認められるけれども、昭和四一年から昭和四四年までの東京都内における交通事情の深刻化をも考慮すれば、右実体調査の数値が昭和四一年においてもそのまま妥当するとは断定し難く、右各事実は前記認定を左右するに足りない。

そのほか会社が自動車運転者をして安全運転に関する法令の規定を遵守させないような労務管理をしたことについての疎明はない。この点についての証人室岡喜一の証言は採用し難い。

(9) まとめ

以上の事実にもとづき考察すれば、債権者の起した前記(1)(2)(3)の事故につき、相手方に過失ありとはいえないから、結局右事故により蒙つた事故当事者の損害はすべて会社の負担に帰しその額は四九三一〇円に達する。債権者はこの三事故ののち本採用されているが、その後も時を接して事故を起しているので、前記就業規則にいう従業員として適当か否かを判定するに当り右三事故を無視することはできない。本採用の事実は債権者に有利な一事情であるにとどまる。

前記(4)の事故については、相手方高橋も車道を横断するに当り横断禁止の場所でしかも自動車の直前を選ぶという過失があり、会社が同人の損害を賠償するにつき相当の過失相殺を要するというべきである。右事故による同人の治療費、逸失利益、慰藉料等損害の総額を肯認するに足りる疎明はないけれども、会社が同人にも過失があると判断したうえ和解の交渉をすすめ治療費の一部につき賠償債務を免除され、各保険からも保険金が支払われたことに徴すれば、会社が同人に支払つた損害賠償額一五一万余円(保険金を控除すれば三〇万余円)が過大に失するとはいい難く、これを覆えすべき疎明はない。しかも会社はこのほか交通費等の雑費を支出し、かつ、雇傭契約上タクシー運転者として就労すべき債権者を免停のため一二〇日間就労させることができず内勤させるのやむなきに至つたのである。

前記(5)の事故については、相手方磯部にも車道を横断するに当り、一一米先にある横断歩道を利用せず、しかも自動車の直前を選ぶという過失があり、会社が同人の損害を賠償するにつき相当の過失相殺を要するというべきである。債権者がこの事故によつて刑事処分又は免停を受けたと認められないことは右結論を裏付ける。右事故による同人の治療費、逸失利益、慰藉料等損害の総額を肯認するに足りる疎明はないけれども、会社が同人にも過失があると判断し、和解の交渉をすすめ同人の要求額を下廻つた額で合意に達し自賠責からも保険金が支払われたことに徴すれば、会社が同人に支払つた損害賠償額九六万円(保険金を控除すれば四六万円)が過大に失するとはいい難く、これを覆えすに足りる疎明はない。しかも会社はこのほかに自動車修理費一万円及び雑費を支出している。

そうであるとすれば債権者はその起した五件の事故により会社に合計二五二万余円(保険金による填補を控除すれば八二万余円)をこえる損害を与えたというべきである。

しかも債権者は前記のとおり二か年の在勤中五か月間は免停により自動車運転の業務に従事できず解雇前九か月間の営業収入は会社従業員の平均以下であつたのである。

会社の労務管理上従業員をして安全運転に関する法令の規定を遒守させないような点は前記のとおり認められない。

3  組合活動をしない他の従業員の交通事故を含む勤務成績

会社従業員斉藤勲、苫米地秀明、奥田善夫、米谷俊夫らは東自交はもとよりその他の労働組合には、いかなる形でも参加していないことは争いがなく、また秋葉誠、鈴木広、館野某、石原春義、横山信幸、土肥三男、阿部勇夫、村松東彦が労働組合に加入し又は組合活動をしたと認めるに足りる疏明はない。

以下これらの者が起した交通事故につき検討する。

(1) 斉藤勲

前記乙第八号証、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一九号証の二の四、証人山室又二の第一、第二回証言によれば、同人は昭和三九年九月二九日タクシー運転者として会社に採用されたが、いずれも東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、昭和三九年一二月一六日、同月二七日、昭和四〇年四月二二日、他車に衝突し自車又は他車に損傷を与え、同年六月二五日、幼児に衝突して傷害を与え、同年七月七日、同年一二月一日、自車を建物又は電柱に衝突させて自車に損傷を与え、同月一〇日、他車に衝突してこれに損傷を与えかつその運転者に傷害を与える等、人身事故一件、人身及び物件事故一件、物件事故五件を起し、よつて会社に対し、被害者への損害賠償、自車の修理等八万余円(自賠責保険金を控除すれば四万余円)の損害を与えたこと、会社は同月一四日事故多発による従業員不適格を理由として同人を解雇したことが認められ、解雇理由についての証人室岡喜一、大平嘉七の各証言は採用しない。

(2) 苫米地秀明

右(1)冒頭記載の証拠によれば、同人は昭和四〇年一〇月二九日タクシー運転者として会社に採用されたが、いずれも東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、昭和四〇年一二月七日、同月一七日、他車に衝突し自車又は他車に損傷を与え、昭和四一年一月一六日、歩行者に衝突し全治六か月を要する負傷をさせ、同年三月二五日、同年五月五日、同月一八日、他車又は電柱に衝突して自車等に損傷を与え、同月二九日、道路工事作業員二名に衝突して傷害を与える等、人身事故二件、物件事故五件を起し、よつて会社に被害者への損害賠償、自車の修理等二四四万余円(自賠責及び自動車保険金を控除すれば四九万余円)の損害を与えたこと、会社は同年六月六日同人に事故多発を理由として退職を勧告し、同人もこれを容れて任意退職したことが認められる。

(3) 奥田善夫

前記乙第八号証、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第一九号証の二の五、証人山室又二の第一、第二回証言によれば、同人は昭和三八年二月三日タクシー運転者として会社に採用されたがいずれも東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、昭和三八年三月二日に二回、同月一〇日、同月一二日、他車に衝突し自車又は他車に損害を与え、同月二四日、歩行者に衝突し傷害を与え、同年一〇月一五日、同年一一月三〇日、昭和三九年三月四日、同年六月二二日、同年一一月一一日、昭和四〇年四月一三日、同月一五日、他車に衝突して自車又は他車に損傷を与え、同年八月二〇日、同年一一月一〇日、他車に衝突して自車に損傷を、他人に傷害を与え、昭和四一年七月一九日、同月二八日、他車に衝突して損傷を与える等、人身事故一件、人身及び物件事故二件、物件事故一三件を起し、よつて会社に被害者への損害賠償、自車の修理等合計一八九万余円(自賠責保険金を控除すれば一七九万余円)の損害を与えたこと、会社は同年七月二九日同人に事故多発を理由として退職を勧告し、同人もこれを容れて任意退職したことが認められる。

(4) 米谷俊夫

右(3)冒頭記載の証拠によれば、同人は昭和四一年一月四日タクシー運転者として会社に採用されたが、いずれも東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、昭和四一年二月七日、同月一四日、同月二五日、同年三月一日、同月七日、同年六月七日、同月一七日、同月一九日、同年七月九日、同年八月一四日、他車又は安全地帯に衝突し自車又は他車に損傷を与え、ことに最後の事故の場合には他人にも傷害を与える等、人身及び物件事故一件、物件事故九件を起し、よつて会社に対し被害者への損害賠償、自車の修理等合計二〇万余円(自賠責及び自動車保険金を控除すれば九万余円)の損害を与えたこと、会社は同年八月三一日同人に事故多発を理由として退職を勧告し、同人もこれを容れて任意退職したことが認められる。

(5) 秋葉誠

債権者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一三号証の一、二、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第二一号証の一ないし三、証人山室又二の第二回証言、債権者本人尋問の結果をあわせれば、秋葉誠は昭和三九年一二月一五日会社にタクシー運転者として採用されたが、会社所有自動車を業務上運転中、人身事故一回、物件事故六回を起し、右人身事故により二〇日間の免停を受け、そのほか昭和四三年四月三〇日午後一一時四五分頃東京都田無市において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、道路横断中の歩行者福野義司に衝突し、同人を死亡させたので、一八〇日間の免停及び罰金五万円の刑事処分を受け、同年五月二〇日事故多発を理由とする会社の勧告により任意退職し退職金も受領したところ、会社は同人の懇望により翌二一日同人をタクシー運転者よりは少い賃金をもつて夜警として採用したこと、しかし同人は会社にいては夜警にすぎずタクシーに乗務できないので運転者として生きるべく昭和四四年八月二〇日任意退職したことが認められる。

前記乙第一八、第二一号証の各一によれば秋葉の昭和三九年一二月から昭和四三年四月まで毎月の一乗務当り平均営業収入は、会社全従業員の毎月の一乗務当りのそれに比較して多額の月が極めて多いことが認められる。

(6) 鈴木広

証人鈴木広の証言により真正に成立したと認められる甲第一〇号証、証人鈴木広、大平嘉七の各証言によれば、鈴木広は昭和三五年八月九日会社にタクシー運転者として採用されたが、昭和三九年八月一七日頃の午前二時頃東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、自らの不注意により、自車の直前を酔つて横断中の歩行者に衝突し同人を即死させたので、六か月間の免停及び罰金五万円の刑事処分を受け、かつ物件事故二件を起したにもかゝわらず、会社から乗務させない旨の措置を受けたほか退職勧告その他不利益な措置を受けないまゝ昭和四一年一月任意退職したことが認められる。

(7) 館野某

右甲第一〇号証及び証人鈴木広、大平嘉七の各証言によれば、会社のタクシー運転者である館野某は昭和三九年六月頃東京都内において会社所有自動車を業務上運転中、横断歩道上で歩行者に衝突しこれを死亡させたが、会社は同人を乗務させない措置をとるにとどめ退職勧告、解雇等の手段に出なかつたことが認められる。同人のその他の事故前歴はこれを認めるに足りる疏明がない。

(8) その他の者

証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第二〇号証によれば、会社に雇傭される自動車運転者がその自動車を業務上運転中、昭和四一年三月二一日から昭和四二年三月二〇日までの間に起した人身事故は合計二九件に及び、いずれも相手方に重傷又は軽傷を負わせ、少なくは二千余円多くは一四二万余円に達する損害を会社に与えたこと、このうち重傷は三件、即ち苫米地の昭和四一年五月二九日債権者の同年七月一八日の各前記事故および運転者協会から派遣された石原春義の昭和四二年一月七日の事故であること、石原の右事故は同人が徐行しなかつたために生じ会社の損害額も約五〇万円に及んだので、会社は即日右協会に対し石原の派遣を拒んだこと、損害額五万円以上の事故は右三件のほか、米谷の昭和四一年八月一四日(損害額九万七千余円)、横山信幸の同年八月六日(同五万円)、土肥三男の同月七日(同七万円)、阿部勇夫の同年九月一四日(同一〇万円)、村松東彦の昭和四二年一月二六日(同二四万余円)の各事故であること、米谷以外の者は説諭ないし内勤にとどまり解雇、退職に至らなかつたことが認められる。右石原、横山、土肥、阿部、村松の事故前歴はこれを肯認するに足りる疏明がない。

4  債権者及び前記各従業員に対する会社の措置に差別待遇が存在するか

(1) 斉藤、苫米地、奥田、米谷、秋葉、石原は交通事故を起したため解雇され又は退職勧当を受けて任意退職し、若しくは派遣を拒まれた者であるが、証人山室又二の第一、第二回証言によれば、右各従業員は就業規則三二条一項四号に該当する者として取り扱われたことが認められる。よつて以下右条項該当者として債権者が他の従業員に比較して不公正な取扱い、換言すれば差別待遇を受けたか否かを検討する。

こゝで斉藤、苫米地、奥田、米谷、秋葉、石原を退職者らといい、鈴木、館野、横山、土肥、阿部、村松を非退職者らという。なお在職一年当りの事故件数、損害額、免停の期間の比較に当つては石原、館野、横山、土肥、阿部、村松の在職期間を肯認するに足りる資料がないのでこれを除外した。

(2) 在職期間一年当り(免停期間は不算入以下同じ)の事故総件数をみれば、債権者は退職者米谷、苫米地、斉藤、奥田よりも少く、同秋葉及び非退職者鈴木よりも多い。

(3) 同じく一年当りの人身事故件数をみれば、債権者は退職者苫米地、斉藤、米谷より少く、同奥田、秋葉、非退職者鈴木よりも多い。債権者は死亡事故がない点で退職者斉藤、苫米地、奥田、米谷と同じであり、同秋葉及び非退職者鈴木、館野に優るが、在職一年当りの負傷事故件数を見れば、債権者は退職者苫米地、斉藤、米谷よりも少く、同奥田、秋葉より多く、非退職者鈴木は皆無である。被害者の負傷の程度及び債権者並びに右退職者らが右負傷事故を起す原因となつた過失の程度についてはこれを比較検討する資料に乏しいからこゝに顕著な差異があるとはいゝ難い。

(4) 同じく一年当りの物件事故件数をみれば、債権者は退職者米谷、苫米地、斉藤、奥田より少く、同秋葉及び非退職者鈴木よりは多い。その事故を起すに至つた過失の程度についてはこれを比較検討する資料に乏しいから、こゝに顕著な差異があるとはいゝ難い。

(5) 会社に与えた損害総額をみれば、債権者は退職者苫米地、奥田、石原、米谷、斉藤中最高であり、保険金による填補額を控除すれば、右六名中奥田についで多い。在職期間一年当りの損害額は保険金による填補額を控除すると否とを問わず、債権者は苫米地よりも少く、奥田、米谷、斉藤よりも多い。これらの点で債権者と退職者秋葉及び非退職者らとを比較検討するに足りる資料はない。

(6) 在職期間中免停によりタクシー運転者として就労できなかつた期間の占める割合は退職者斉藤、苫米地、奥田、米谷、秋葉、非退職者鈴木を通じ債権者が最高である。

(7) 技能、注意力等からみて将来も自らの過失により交通事故を起し会社に損害を及ぼすおそれがあるか否かについては、債権者と退職者らとの間に顕著な差異があるとは認められないが、非退職者ら中には死亡事故を起した者があるとはいえ、事故件数そのものが少いので、かようなおそれは債権者に比し少いものと判断しても無理からぬものがある。

(8) 債権者の解雇前九か月間における毎月の一乗務当り平均営業収入が会社全従業員の平均値に比して少なかつたことは前述した。しかし退職者非退職者らを通じて秋葉が自動車運転者としての在職中右の点において平均以上の営業収入を得た月が極めて多いことを除けば、比較検討する資料はない。

(9) このように退職者ら非退職者らを通じて前記の見地から総合的に観察すれば、債権者及び退職者らはいずれも右就業規則三二条四号にいう「勤務成績が悪るく従業員として不適当」なる要件(その趣旨は二(一)1(2)で説明した)に該当するものであつて、しかもその情状において債権者と他の退職者らとの間にさしたる差異を認め難く、また非退職者らはその中で死亡事故を起した者があるとはいえ総合的な状況において債権者及び他の退職者らとは顕著な差異が存し就業規則の右条項に該当すると断定するのは困難である。

そうであるとすれば会社は債権者及び退職者らのように前記条項に該当する者とは雇傭関係を終了させたものであるから、たとえ債権者がその主張のような組合活動を行ない会社がこれを了知していたとしても、右退職者らが組合活動をしたとはいえない者である以上こゝに両者の間に不公正な取扱いが存するとはいえない。また非退職者らも組合活動をしたとはいえない者であるが、これらの者と債権者との間には前記条項該当性について前示のような差異があるので、会社が雇傭関係の終了につき態度を異にしても、これをもつて不公正な取扱いが存するとはいえない。

なお秋葉は一旦任意退職しながらその翌日夜警として採用された点において債権者と取扱いを異にするが、会社は再採用後同人をタクシー運転者としては使用しておらず、同人の賃金は退職前より低下しているうえ、本段(2)ないし(4)(6)(8)での比較検討によれば、同人は債権者に比し情状において軽いといえるから、右再採用をしたからとして組合活動をした債権者に比較して不公正な取扱いをしたと断定することは困難である。

5  結論

上来説明したように、債権者がその主張のような組合活動を行ない会社がこれを了知していたとしても、組合活動をしたといえない者と債権者との間に雇傭関係の終了につき不公正な取扱い、即ち差別待遇が存するとは判定できないので、債権者は組合活動をしていなくても交通事故多発等による勤務成績不良を理由に就業規則三二条四号該当者として解雇の意思表示を受けたであろうと容易に推認できる。従つて債権者の組合加入及び組合活動と解雇の意思表示との間には因果関係を欠くといわざるを得ない。

このような次第で、債権者の労働組合法七条一号違反の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

(二)  解雇権の濫用

1  就業規則所定の解雇基準該当

債権者はその過失により人身事故一件人身及び物件事故一件物件事故三件を起し会社に二五二万余円(保険金による填補を控除すれば八二万余円)をこえる損害を加え、しかも約二か年の会社在勤中免停により合計五か月間契約の目的であるタクシー運転者の労務を提供できなかつた点で、債権者は他の従業員と比較すれば、就業規則三二条四号にいう「勤務成績が著しく悪るく従業員として不適当」なる要件に該当するものであることは前に認定したとおりである。さらに債権者の解雇前引きつゞき九か月間の営業収入が平均以下であつたことは右判定を裏付けるものである。

2  情状

(1) 右のような事故多発が安全輸送という会社の企業目的に反することはいうまでもない。

(2) 前示乙第九号証によれば、会社はいわゆる資本金二〇〇〇万円、保有車輛六四輛でタクシー営業をしているものであつて、昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日まで運賃収入二億二千余万円を得たが、交通事故に伴う支出一三〇万余円、未解決事故による期末立替支出残額五〇七万円等を控除した結果一〇二四万余円の損失を計上し、同年四月一日から昭和四二年三月三一日まで運賃収入二億三千余万円を得たが、交通事故に伴う支出三六九万余円、未解決事故による期末立替支出残額四七一万余円を控除した結果二三八万余円の利益を得たこと、交通事故により会社の支払うべき損害賠償金の一部は責任保険の保険金をもつて填補されるものの、その填補額が保険料の六割をこえるときは保険会社から割増保険料を徴収されるおそれがあり、現に会社は保険会社から保険料六割増の要求を受けたことが認められる。

右乙第一九号証の二の三によれば、債権者が採用から解雇の意思表示を受けるまであげた営業収入は二四五万余円であるのに対し会社が債権者に支払つた賃金は九九万余円であることが認められ、前記のとおり損害賠償金等債権者の起した交通事故による損失金は保険金による填補を除き八二万余円をこえる。もとよりその損失すべてを債権者に帰せしめることができないことは前示のとおりであるけれども、これに右乙第九号証によつて認められる、燃料費、修繕費、償却及び賃借料、保険料及び自動車税、業務経費、一般管理費並びにその他の費用の合計が通常営業収入中に占める比率即ち五五パーセントをも考慮すれば、債権者に関する限り勤務成績不良のため会社はかなりの損失を蒙つているといわざるを得ず、会社の営業規模に徴しその及ぼす影響は看過できない。

(3) なお二(一)4で検討したように他の従業員と債権者とに対して会社のとつた各措置を比較しても、そこに差別待遇等恣意ないし非合理性を見出し得ないのである。

(4) 他面債権者が解雇により生活上の不利益を受けることは容易に推認でき、証人山室又二の第二回証言により真正に成立したと認められる乙第二六号証によれば、債権者は解雇後六か月間は東京乗用旅客自動車協会所属の業者に運転者として雇傭されない等の不利益を受けることが認められる。

3  権利濫用の成否

前示のような事情のもとで会社が就業規則の前記条項にもとづき債権者に解雇の意思表示をしたことは、同規則に適合した措置であり、権利の行使として相当であるから、これをもつて権利の濫用であるとはいゝ難い。

(三)  結論

債権者主張の解雇の意思表示無効の再抗弁はいずれも理由がないから、法定の解雇予告手当の提供とともにする右意思表示は有効であつて、本件雇傭契約は昭和四一年八月二二日終了したというべきである。従つて債権者は現に雇傭契約上の権利を有するとはいえない。

三、賃金

債権者は昭和四一年八月二一日以降分の賃金の仮払を求めているので、自ら契約の本旨に従つた労務の提供をしたと認められる限り、同日及び雇傭契約終了の日である同月二二日の二日分の賃金請求権を有すべき筋合である。ところで債権者は免停のため右労務を提供することができず、賃金算定上種々の問題を生ずるのであるが、いずれにしてもその平均賃金の一か月分が四六四七三円に達する(この事実は争いがない)にすぎない以上、仮に債権者がこの二日分の賃金としていくばくかの債権を有するとしても、今直ちに仮処分命令をもつてこれを仮払させる必要性があるとの疏明はない。なお、雇傭契約が終了した以上同月二三日以降分の賃金債権が存在するとはいえないこと勿論である。

四、むすび

債権者の本件仮処分命令申請はその疏明がなく、保証をもつて疏明にかえることも相当でないから、これを失当として却下すべく、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威)

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